神戸地方裁判所 平成元年(ワ)1541号 判決 1991年7月24日
原告
羽田稔
被告
大前保之
主文
一 被告は、原告に対し、金二四九八万四九二四円及びこれに対する昭和六〇年二月二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを一〇分し、その七を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金三六六九万七八六四円及びこれに対する昭和六〇年二月二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 交通事故の発生
次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
(一) 発生日時 昭和六〇年二月二日午後一一時一〇分ころ
(二) 発生場所 神戸市垂水区星が丘二丁目一番三号先道路(市道商大線)(以下「本件道路」という。)
(三) 事故車 被告運転の普通乗用自動車(以下「被告車」という。)
(四) 被害者 被告車に同乗中の原告
(五) 事故態様 被告が、原告を同乗させて被告車を運転し、本件道路を走行していた際、対向車の前照灯の光りに眩惑されて、ハンドル操作を誤り、道路左側の電柱に被告車左前部を衝突させ、その惰性で被告車左側の前部を右電柱に擦過させた。
2 責任原因
被告は、被告車を所有し、自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により、原告が被つた後記損害を賠償すべき責任がある。
3 傷害の内容、治療経過及び後遺障害の内容・程度
(一) 傷害の内容
原告は、本件事故により、左視神経損傷、左網膜損傷、脳挫傷、頭蓋骨・顔面骨多発骨折、外傷性髄液鼻漏等の傷害を負つた。
(二) 治療経過
(1) 明舞中央病院に昭和六〇年二月二日入院
(2) 神戸市立中央市民病院に昭和六〇年二月三日から同年五月二九日まで一一六日間入院
(3) 同病院に昭和六〇年五月三〇日から昭和六三年一月一六日まで通院(実日数六二日)
(4) 大口歯科医院に昭和六一年一月一四日から同年四月二四日まで通院(実日数一五日)
(三) 後遺障害の内容・程度
(1) 症状固定日 昭和六三年一月一六日
(2) 視覚傷害(四分の一半盲)(自賠責保険後遺障害等級九級該当)、臭覚傷害(同九級該当)、顔面頭蓋の変形による眼球突出及び眼位異常(同一二級該当)(以下「本件後遺障害」という。)
(3) 本件後遺障害は、全体として自賠責保険後遺障害等級八級に該当するものと認定された。
4 損害
(一) 治療費 金三一九万三九五一円
(二) 入院雑費 金一五万二一〇〇円
一三〇〇円×一一七日
(三) 付添看護費 金一七二万七六八二円
(四) 交通費 金一八万八八〇〇円
(五) その他薬品等雑費 金三〇万円
(六) 後遺障害による逸失利益 金三〇二九万三七六六円
(1) 原告の生年月日 昭和四二年三月二一日
(2) 就労可能年数 四九年(ライプニツツ係数一七・三〇四)
(3) 労働能力喪失率 四五パーセント
(4) 全年齢平均給与額(月額) 金三二万四二〇〇円
(5) 計算式
三二万四二〇〇円×一二×一七・三〇四×〇・四五
(七) 慰謝料 合計金一一〇〇万円
(1) 入通院分 金三五〇万円
(2) 後遺障害分 金七五〇万円
(八) 弁護士費用 金三二〇万円
(九) 損害の填補 金一三三五万八四三五円
(1) 自賠責保険から 金七九二万円
(2) 被告から 金五四三万八四三五円
以上、右(一)ないし(八)の合計金五〇〇五万六二九九円から右(九)の金一三三五万八四三五円を控除すると、原告の残損害額は金三六六九万七八六四円とする。
5 よつて、原告は、被告に対し、右金三六六九万七八六四円及びこれに対する本件事故発生日である昭和六〇年二月二日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否及び被告の主張
1(一) 請求原因1の(一)ないし(四)の事実は認めるが、(五)の事実は否認する。
(二) 本件事故の態様は、被告車が、深夜、カーブした本件道路を前照灯を下向きにして走行していたにもかかわらず、対向車が前照灯を明るく直射のままの状態で走行してきたため、被告はこれに眩惑され、ハンドル操作が正確にできなかつたものであるが、被告車は、電柱に衝突したものではなく、これに接触し、車両の前部左端から左側を擦過したにすぎない。
2 同2の事実は認める。
3 同3の事実のうち、原告が本件事故によつて受傷し、治療を受けたことは認めるが、その余の事実は知らない。
4(一) 同4の(一)ないし(八)の損害は争う。(九)の事実は認める。
(二) 後遺障害による逸失利益の算定は、二〇歳時の平均給与額を基礎に、新ホフマン式計算法によるべきであり、また、原告の労働能力喪失率については、二〇歳から一〇年間は三五パーセント、三一歳から一〇年間は二〇パーセント、四一歳から二七年間は一〇パーセントとするのが相当である。
三 抗弁
1 過失相殺
本件事故発生当時、被告車には、前部の右側運転席に被告、左側助手席に中西君代、後部の右側に中西一徳、中央に清水義夫、左側に原告が同乗していたところ、原告は、本件事故現場付近で、被告車の左後部の窓を開け、顔面を窓の外側に前方を向けて出し、窓の下部に顎を支え、前方を見ていた。
本件事故は、前述のとおり、道路左側の電柱との衝突事故ではなく、被告車の前部左端が右電柱の内側部分に接触し、擦過したものであるから、原告が、後部座席に普通の座り方をしていたならば、本件の如き傷害を負う筈がなかつたにもかかわらず、原告が、右の如き異常な体位で同乗していたため、被告車が電柱と擦過した際に、原告の頭部、顔面もこれに接触し、本件受傷に至つたものである。
したがつて、原告の本件受傷については、右に述べたとおり、原告の重大な過失が寄与しているから、原告の損害額の算定に当たつてかかる過失が斟酌されるべきであり、原告の全損害額からその三〇ないし四〇パーセントを減額すべきである。
2 好意同乗
被告は、本件事故当日、交際中の中西君代(その後、被告と婚姻した。以下「君代」という。)の弟中西一徳(以下「一徳」という。)が高校を卒業したことから、一徳及び君代の三名でお祝いの食事をする予定があり、右中西宅に赴いたところ、たまたま原告と清水義夫(以下「清水」という。)も中西宅に遊びに来ており、原告と清水も、一徳と同様高校を卒業したので一緒にお祝いをしないかという話になつた。被告は、君代と一徳の三名だけの内輪で食事をすることにしていたが、無碍に右話を断ることもできかねたため、予定を変更し、五名で食事をすることにし、被告運転の被告車に四名を同乗させて、炉端焼「つぼ八」へ行き、同店において飲食を共にし、その支払いは、被告が年長のゆえをもつて独りでした。食事が終わり、被告は、君代、一徳とともに中西宅に戻る予定にしていたところ、原告と清水も一緒に中西宅へ行くと言い出したため、被告車への同乗を断ることもできず、再び原告らを同乗させて、中西宅へ帰る途中、本件事故を起こした。
以上のとおり、原告は、被告が君代らと三名だけで一徳の卒業祝いの食事にでかけるところへ割り込み、飲食後も中西宅に行く必要もないのに、被告車への同乗を求めため、原告は、これを断ることができず、原告を被告車に同乗させざるを得なかつた。
よつて、原告は、いわゆる好意同乗者として、原告の全損害額からその二〇ないし三〇パーセントを減額すべきである。
四 抗弁に対する認否及び原告の主張
1(一) 抗弁1の事実のうち、被告車に同乗していた五名の乗車位置、原告が被告車の左側後部窓を開けていたことは認めるが、その余の事実は争う。
(二) 本件事故は、被告が、被告車を時速五〇キロメートルでセンターラインをはみ出して走行中、前照灯を点灯して接近してくる対向車を発見し、左へハンドルを切つてこれを避けたが、右に戻しきれず、電柱に被告車の左前部を衝突させ、その惰性で被告車左側の前部を右電柱に擦過させながら、車両後部を右に振つて停止したものであり、原告は、被告車の後部左端に同乗中、左側の窓を開け、後部座席の背もたれにもたれて寝ていたところ、本件事故の衝撃により、顔面中央部を左側窓枠に当て、本件傷害を負つたものである。
2(一) 同2の事実のうち、被告車に原告ら五名が同乗して、炉端焼「つぼ八」に行き、同店で飲食したこと、右飲食代金を被告が支払つたこと、右飲食後、右五名が再び被告車に同乗し、中西宅へ帰る途中で本件事故が発生したことは認めるが、その余の事実は争う。
(二) 原告と一徳及び清水は、中学高校を通じての友人関係にあり、高校卒業後は就職、進学とそれぞれ別の道を進むことになつていたので、高校卒業を機に、食事を共にしながら学生時代の思い出、将来のことを語り合おうということで、本件事故当日、一徳の家である中西宅に集まつていたところ、被告がたまたま訪ねてきて、原告らが集まつている趣旨を知り、原告と清水に対し、一緒に食事に行くことを誘つた。原告らは、当初遠慮してこれを断つたが、なおも誘われたため、前記のとおり一緒に飲食に出掛けたものであつて、被告ら三名が内輪で食事することとなつていたところへ、原告が無理に割り込んだものではないし、初対面の被告に対してそのような要求をできる筈もない。また、飲食後の同乗についても、食事に誘われて一緒に出掛けたのであるから、帰路も一緒というのが自然の成り行きであつて、行き先も同じ中西宅ということであればなおさらのことであり、原告も、当然のこととして同乗したものである。
よつて、本件のような自動車運行の管理責任のない通常の好意同乗、しかも年長者の被告に誘われての好意同乗については、損害減額事由とはならず、せいぜい慰謝料の算定において斟酌されることがあるにすぎない。
第三証拠
本件記録中の書証目録及び証人等に記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求原因1(交通事故の発生)の事実は、(五)の事故態様を除き、当事者間に争いがない。
そこで、本件事故の態様について判断するに、いずれも原本の存在及び成立に争いのない甲第八号証、乙第一号証、第二号証の一ないし四、第三号証、証人大前君代、同清水義夫の各証言、被告本人尋問の結果(後記信用しない部分を除く。)を総合すれば、次の事実を認めることができる。
(一) 本件事故現場道路は、車道中央線によつて片側一車線ずつに区分され、各車道の幅はいずれも二・八メートルで、アスフアルト舗装されており、北に向かつて右に大きくカーブしている。
本件道路の最高速度は、時速三〇キロメートルに制限されている。
(二) 被告は、原告他三名が同乗する被告車(長さ四・一五メートル、幅一・六三メートル、高さ一・三七メートル)を運転し、本件道路を時速四〇キロメートルで北進していたが、本件事故現場付近の右カーブにさしかかる手前で、被告車の速度を時速五〇キロメートルに加速したうえ、ハンドルを右に切り、被告車の車体を半分ないし三分の一程度反対車線にはみ出させて、カーブを走行したところ、折から南進してきた対向車両と衝突しそうになり、ハンドルを左に切つて右対向車両とかろうじて離合したが、その直後、本件道路左端にあるコンクリート製の電柱に被告車の左前部を衝突させ、そのまま時速五〇キロメートルの速度で被告車の左側を右電柱に擦過させて走行し、車両後部を右に振つて本件道路中央部で停止した。なお、事故現場の路面にスリツプ痕は認められなかつた。
(三) その結果、被告車の左側部分全体の丸みがすべて削り取られたように押し潰され、左前輪曲損パンク、左後輪パンク、左前バンパー曲損、左前フエンダー破損、左前後ドアー破損、左後部フエンダー凹損の状態であつた。
(四) また、被告車が前記電柱に衝突した衝撃によつて、助手席に同乗していた大前君代は、シートベルトを着用していなかつたため、フロントガラスに頭部を叩きつけられ、後部座席の中央に同乗していた清水義夫は、運転席と助手席との間に突つ込み、助手席で上半身を打つて左鎖骨を骨折し、気絶してしまつた(なお、原告の状態は、後述するとおり。)。
以上の事実が認められる。
もつとも、被告は、被告車は電柱に衝突したものではなく、これに接触し、車両前部左端から車両左側を擦過したものである旨を主張するが、これに添う被告本人及び証人清島素正の各供述は、いずれも前掲各証拠に照らしてにわかに信用することができず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
また、前掲乙第一号証によると、被告車のフロントバンパーの左側にある方向指示器、ラジエーターグリル右側の前照灯等が本件事故によつて破損しなかつたことが窺われるが、かかる事実は、被告車の左前部が前記電柱に衝突した際、たまたま右方向指示器や前照灯の付近が逸れたことを示すに止まるから、なんら前記認定の妨げとなるものではない。
よつて、本件事故の態様に関する被告の主張は、採用することができない。
二 次に、請求原因2(責任原因)の事実は、当事者間に争いがない。
そうすると、被告は、自賠法三条により、原告が被つた後記損害を賠償すべき責任がある。
三 次に、原告が、本件事故により受傷し、治療を受けたことは、当事者間に争いがなく、かかる事実に、いずれも原本の存在及び成立に争いのない甲第一号証ないし第七号証、証人羽田照代の証言、原告本人尋問の結果を総合すれば、(1)原告は、本件事故によつて、左視神経損傷、左網膜損傷、脳挫傷、頭蓋骨・顔面骨多発骨折、外傷性髄液鼻漏等の傷害を負つたこと、(2)その治療のため、原告は、<1>明舞中央病院に昭和六〇年二月二日入院し、<2>神戸市立中央市民病院に昭和六〇年二月三日から同年五月二九日まで一一六日間入院し、<3>同病院に昭和六〇年五月三〇日から昭和六三年一月一六日まで通院し(実日数六二日)、<4>大口歯科医院に昭和六一年一月二四日から同年四月二四日まで通院し(実日数一五日)たこと、(3)そして、原告は、昭和六三年一月一六日症状固定し、視覚障害(四分の一半盲)(自賠責保険後遺障害等級九級該当)、臭覚脱失(同一二級該当)、顔面頭蓋の変形による眼球突出及び眼位異常(同一二級該当)、歯牙障害(同一四級該当)の後遺障害が残存し、右は併合して自賠責保険後遺障害等級八級に該当するものと認定されたこと、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。
四 そこで、原告の損害について判断する。
1 治療費 金三一九万三九五一円
前掲甲第七号証により認めることができる。
2 入院雑費 金一二万八七〇〇円
入院雑費は、一日当たり金一一〇〇円と認めるのが相当であるから、入院期間一一七日間で金一二万八七〇〇円となる。
3 付添看護費 金一七二万七六八二円
前掲甲第七号証により認めることができる。
4 交通費 金一八万八八〇〇円
前掲甲第七号証により認めることができる。
5 その他薬品等雑費 金三〇万円
前掲甲第七号証により認めることができる。
6 後遺障害による逸失利益 金二八九〇万〇一一三円
前記三で認定した事実に、証人羽田照代の証言、原告本人尋問の結果、及び弁論の全趣旨を総合すると、原告は、昭和四二年三月三一日生まれの男子であり、昭和六〇年三月に高校学校を卒業し、分析化学の専門学校に進学する予定であつたところ、本件事故による後遺障害のため、四分の一半盲で、視力が大幅に制限されているばかりでなく、右眼が陥没して左眼が飛び出しているという顔面の醜状が残存し、遠近感がなく、臭覚も全く失われ、髄液の鼻漏の可能性も危惧されるなど、自賠責保険後遺障害等級の併合八級に該当するとの認定を受けたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。
右事実によれば、原告は、本件後遺障害により、症状固定日である昭和六三年一月一六日から六七歳に達するまでの四七年間を通じて、その労働能力の四五パーセントを喪失したと認めるのが相当である。
そして、原告は、前記のとおり高校卒業後専門学校に進学し、本件事故に逢わなければ、昭和六二年四月ころから稼働し始め、前記症状固定の日から六七歳に達するまでの間、少なくとも昭和六三年度賃金センサス第一巻第一表・産業計・企業規模計・男子労働者・新高卒・二〇歳の平均年収額である金二六九万四八〇〇円を得ることができたと推認されるので、その額を基礎として、新ホフマン方式により中間利息を控除して四七年間の逸失利益の現価を求めると、次の計算式のとおり金二八九〇万〇一一三円(円未満切捨て、以下同じ。)となる。
(二六九万四八〇〇円×〇・四五×二三・八三二=二八九〇万〇一一三円)
7 慰謝料 金八〇〇万円
以上認定の諸般の事情を考慮すると、金八〇〇万円が相当である。
8 以上1ないし7の合計額は金四二四三万九二四六円となる。
五 被告の抗弁について判断する。
1 過失相殺について
(一) 本件事故当時、被告車には、前部運転席に被告、左側の助手席に大前君代、後部右側に中西一徳、真ん中に清水義夫、左側に原告が同乗していたこと、原告が、被告車の後部左側の窓を開けていたことは、当事者間に争いがない。
(二) ところで、被告は、本件事故が、道路左端の電柱との衝突事故ではなく、被告車の前部左端が右電柱に接触し擦過したとの事実を前提に、原告が、本件事故現場付近で顔面を外側に前方を向けて出し、窓の下部に顎を支え、前方を見ていたため、被告車が電柱と擦過した際に、原告の頭部、顔面もこれに接触し、本件受傷に至つたのであるから、原告に重大な過失がある旨を主張しており、証人清島素正及び被告本人もこれに添う供述をしている。
しかしながら、右証人清島の供述は、被告車が道路左端の電柱に接触したにすぎないとの事実を前提にしていることが明らかであるところ、被告車が右電柱に時速五〇キロメートルの速度で衝突したものであることは、前記二で認定したとおりであるから、既にその前提において誤つているといわざるを得ないし、また、右被告本人の供述も単なる想像の域を出ず、後掲各証拠に照らしてにわかに信用できず、他に右被告の主張を認めるに足る的確な証拠はない。
(三) かえつて、前記二で認定の事実に、証人大前君代、同清水義夫の各証言、原告本人尋問の結果、及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、本件事故当時、被告車の後部左座席において、左側の後部窓を開けたまま後部座席にもたれて眠り込んでいたが、窓から頭部を外に出してはいなかつたこと、そして、かかる状態で、時速五〇キロメートルで走行していた被告車の左前部が道路左端のコンクリート製の電柱に衝突してそのまま擦過していつたために、車両左側全体の丸みがすべて削り取られたように押しつぶされ、その衝撃によつて、車両内にとどまつていた原告の頭部及び顔面にも本件の如き傷害が発生したものであること、以上の事実が認められる(なお、前掲乙第三号証中には、原告が自ら本件事故の際、電柱に頭部を打つたことを認める旨を供述している部分があるが、原告本人尋問の結果によると、原告は、本件事故前から寝込んでしまい、本件事故後は約二か月間記憶が戻らなかつたことが認められるから、右供述部分は憶測に基づくものであることが明白であり、したがつて、乙第三号証は、なんら前記認定を妨げるものではない。)。
そうすると、本件事故当時、原告には被告主張の如き過失はなかつたものというべきであるから、被告の過失相殺の主張は採用することができない。
2 好意同乗について
本件事故当日、被告運転の被告車に君代、一徳、清水及び原告が同乗して、炉端焼「つぼ八」へ行き、同店で飲食したこと、飲食代金は年長の被告が支払つたこと、右飲食後、五名が再び被告車に同乗し、中西宅へ戻る途中で本件事故が発生したこと、以上の事実は、当事者間に争いがなく、かかる事実に、前掲甲第八号証、乙第二号証の一ないし三、第三号証、証人大前君代(後記信用しない部分を除く。)、同清水義夫の各証言、原告、被告(後記信用しない部分を除く。)各本人尋問の結果、及び弁論の全趣旨を総合すると、(1)被告は、かねてより君代と交際中であつたところ(なお、本件事故後、被告と君代は婚姻した。)、君代の弟の一徳が三月末に高校を卒業し、自衛隊に入隊することが決まつたことから、本件事故当夜、君代と一徳の三名で一徳のお祝いの食事をすることに予定していたこと、(2)一方、原告、一徳及び清水は、中学、高校を通じての友人関係にあり、高校卒業後は、進学、就職とそれぞれの進路を歩むことになることから、本件事故当日午後六時三〇分ころ、将来のことなどを語り合うため、原告と清水が一徳の家である中西宅に集まつたこと、(3)そして、被告は、前述のとおり君代と一徳を食事に誘うべく、原告らにやや遅れて中西宅を訪れたところ、一徳から、原告と清水も一緒に食事に参加させて欲しいとの相談をもちかけられたこともあり、またその場の雰囲気もあいまつて、五名全員で食事に行くことになつたこと、(4)そこで、被告運転の被告車に君代、一徳、清水及び原告の四名が同乗し、神戸市垂水区川原町まででかけ、炉端焼「つぼ八」において、午後七時三〇分ころから午後一一時ころまでの間全員で飲食し、被告は、ビール大ジヨツキ、ビール二本等を飲んだこと、(5)右飲食後、その場の成り行きで再び全員で中西宅へ戻ることになり、被告運転の被告車に他の四名が同乗し、中西宅へ帰る途中で本件事故が発生したこと、(6)本件事故当時、被告は、身体に呼気一リツトル中〇・三五ミリグラムのアルコールを保有したまま被告車を運転しており、かかる酒気帯び運転が本件事故発生に影響を与えていることは否定できないこと、以上の事実が認められる。
もつとも、被告は、被告が君代らと三名だけで食事に行くつもりであつたところに無理に割り込み、また、「つぼ八」での飲食後も中西宅へ行く必要もないのに、無理に被告車への同乗を求めたため、断ることができずやむなく同乗させた旨を主張し、証人大前君代及び被告本人はこれに添う供述をするが、前掲各証拠に照らしてにわかに信用し難く、他に前記認定を左右するに足る証拠はない。
右に認定の被告と原告との関係、原告が被告車に同乗するに至つた経緯・目的等に、原告が被告の飲酒状況を知つていたことを考え併せると、加害者たる被告に損害の全額を賠償させることは、公平な損害の分担を目的とする損害賠償の理念に照らして適当でなく、過失相殺の法理の類推適用により、原告の全損害からその一五パーセントを減額するのが相当である。
したがつて、被告が原告に対して賠償すべき損害額は、金三六〇七万三三五九円となる。
六 損害の填補 金一三三五万八四三五円
右は当事者間に争いがないから、原告が損害の填補として受領した金員を控除すると、被告が原告に対して賠償すべき損害額は、金二二七一万四九二四円となる。
七 弁護士費用 金二二七万円
本件事故と相当因果関係のなる弁護士費用相当の損害額は、金二二七万円と認めるのが相当である。
八 結語
よつて、原告の本訴請求は、被告に対し、金二四九八万四九二四円及びこれに対する本件事故発生日である昭和六〇年二月二日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから右の限度で認容することとし、その余の請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 三浦潤)